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Shiunからの手紙

Live different.

すべてを手放して、そして僕は旅に出た

ちょうど去年の今頃、僕はある実験をするために旅に出ていた。

それは一風変わった、普段なら人生で経験するはずのないことである。

それはどんな実験かというと、

自分が所有する全てのものを放棄し、無一文で、京都から沖縄まで行けるかという試みだ。

ちょうどあれから1年ほど経って、一体どんな旅になったのか、いま改めて自分で振り返ってみたいと思う。



なぜすべてを手放し、無一文の旅をしようと決心したのか?

実は当初の予定では、こんな無謀とも思える旅をするつもりではなかった。元々は日本一周をキックボードでしてみようと計画していた。これまたちょっとバカげた旅企画だが、どうやら僕はちょっと変わり者で、普通の旅では満足できないらしい。

そもそも以前にこれといった旅をしたことはなく、日本一周をしようと思い立ってからどうやって行こうかと考え、最初は自転車で行くのはどうかと考えたが、自転車で日本一周なんて一般的で、みんなやってるしそれじゃあ面白くない。そこでどうしようかと考えてた矢先、あっ!と閃いたのがキックボードだった。

その当時、友人からもらった高級でいいキックボードを移動手段として使っていたのだが、日本一周することを考えていたとき、そこにキックボードがあったのだ。これだ!と直感的に思って、これで日本一周できたら面白そうだし、誰もやったことがないことだと思った。

一見キックボードなんかで日本一周するのには無理があるように思えるが、僕はキックボードの機動力を見出していた。自転車よりコンパクトで、使わないときには折りたたむことができ、実際漕ぐのが上手くなれば結構スピードも出る。

自転車だった場合、万が一、道の途中でバンクした場合にはその場で修理するか、もしくは、その場で修理できないほど故障した場合は修理できるところまで手で押して行かなければならないというリスクもある。でもキックボードの場合、故障しても折りたたんで持ち運べばいいし、キックボード以外の移動手段を選ぶこともできる。歩くこともできるし、ヒッチハイクをすることも考えられる。自転車の場合には、自転車を放棄するなら話は別だが、ヒッチハイクは厳しいだろう。そういう考えから、「キックボードって意外と旅の移動手段として最強なのでは?!」と思い至り、じゃあ試しにやってみよう!と考えたのである。

 

では、なぜここからすべてを手放して、無一文で旅をすることになったのか。

 

実は「キックボードで日本一周」の旅のために、しっかりと企画書まで作り込んでいた。それに向けて準備をし、移動の大半もキックボードでする予行演習も行っていた。そして旅もはじまり、僕はスタート地点であった京都の街中をキックボードで駆けまわっていたが、スタートして9日目でやめることにしたのだ。

  

旅のはじめはとても好調で、キックボードで京都内の行きたいところへ行ったり、会いたい人に会いにいったりと、毎日忙しく駆けまわっていた。旅に出る前は、京都のゲストハウスでスタッフをしていたのだが、ゲストハウスからあまり外に出かけることがなく、京都にいながらほとんど京都のことを知らなかった。だからこそ旅のはじめに、まず京都内を探索してみようと決めていたのだ。すると京都の面白さにどんどんのめり込んでいった。

そんな中、自分の中である疑問が浮かんできた。ちょっと待てよ、いつまでも京都にいたら日本一周にならないじゃないか。「日本一周行くのに、ずっとスタート地点の京都にいるってだめじゃね?」と思ったのだ。確かにその通りなのだが、でも僕は毎日キックボードに乗り、かなりの距離を京都内で移動していた。内心では京都はとても面白く、もっと居たいけれど、日本一周行くのにずっとスタート地点にいるのはおかしいという矛盾が生まれていた。

ところが、自分の中にある日本一周という概念に対して、考え方が変わった。「日本一周」というキーワードは旅をする上で、よく聞く言葉だと思うが、そもそもすごく曖昧な定義で使われている言葉だなと思っていた。何をすれば日本一周なのか?全国47都道府県ぜんぶ周わったら日本一周なのか。それともぐる〜っと大体日本を一周巡れば日本一周なのか。旅をする人の捉え方、ルール設定にもよるが、正直自分には日本一周という言葉自体、曖昧な表現であまり好きではなかった。

そこで、自分にとっての日本一周とは何か?という疑問に、自分なりに再定義してみることにした。すると、今まで自分の頭の中にあったものと、がらりと日本一周に対する考え方が変わってしまったのだ。

その時の僕の頭の中に浮かんでいた日本一周のイメージは、日本の地図に沿ってぐるっと日本を一周するという従来の日本一周のイメージから、ぎゅーっと溜め込んで凝縮された一滴を日本地図の中に垂らすとそれが波紋のようにだんだんと広がっていき、やがて日本全体を包みこむというイメージに変わったのだ。

実際自分の中で起きた、このパラダイムシフトは、自分にとってとても大きな変化で、「Aha!体験」に近いものであった。この日本一周に対するイメージ、パラダイムの変化が、旅に対する価値観をも変えた。

本当は心の中で、大好きな京都にもっと滞在したかったが、日本一周という概念が自分を許さなかった。でも僕はこのパラダイムシフトのおかげで、とても解放された気分になったのだ。僕は日本一周するのに、まだ京都にいてもいいんだ!と嬉しくなった。

説明がもしかしたら分かりづらいと思うので、もう少し具体的に説明すると、「凝縮された一滴」というのは、例えば、僕が京都にいて、様々なところに行き、色んな人に出会って、京都での経験、体験を凝縮させる。そうすることで、つながりがつながりを呼び、次の街や県に出向くきっかけになったり、日本の他のところの面白い情報が入ってきたりと、ご縁がどんどん生まれて繋がっていくことで、次に進むべき目的地が見えてくる。だから別に日本一周するのに、一箇所の場所にとどまっていてもいいんだと思えるようになった。

この考え方に変わったのは京都で出会った人に、「京都に居たいならいればいいじゃん?」と言われたのがきっかけだった。旅に自分なりのルールを設けることは大事だと思うが、途中でルールを変更するのもありだと思う。まあ僕の場合、さらにここからルール変更して、日本一周自体もやめて、無一文で旅をすることになるのだが、まだまだ変化は続く。なぜこんなにコロコロ変わるのかと疑問に思う人もいるかもしれない。または、日本一周に行くと決めたのにもかかわらず、9日目でやめてしまうなんて情けない!と思う人もいるかもしれない。

僕はただ自分の心の声に素直になりたかっただけなのだ。もっと京都にいたい、本当に自分がしたい旅、心から望むものは何かにこだわった。心のコンパスさえしっかりしていれば、それ以外は別にいくら変更しても構わないと思った。そして分かったのは、僕は別に日本一周を達成したいわけではないということだった。旅に行くのには、何か目的がある。又はない場合もあるかもしれないが、日本一周の場合、得られるのは大きな達成感だと思った。「日本を一周する」ということを、時間をかけて成し遂げる。きっとその時に得られる達成感は大きなものだろう。もし世界一周ならよりその達成感は何倍にも膨らんで大きくなるはずだ。

でも僕の場合、自分が本当にしたい旅の目的は、達成感ではなく、ぶっ飛んだ人に会いたい。そして自分もぶっ飛びたい!というのが一番したいことだった。世の中にはすごい人、面白い考え方を持っている人がたくさんいるはず。そんな人たちとの出会いによって自分が変わり、そして自分の見える世界が変わっていくのがさいこーに楽しい。同じ世界にいても、僕らの主観次第でいくらでも世界は変わるということが、日本一周のイメージのパラダイムシフトから実証された。

 

自分にとって見える世界が変わるというのは貴重な体験だ。だから僕は自分の価値観を変える何かを求め、旅がしたいんだということに気づいた。そこからさらに自分を掘り下げ、自分の中にある固定概念を捨てることにした。

それは、モノをを所有するという考え方だ。

お金がないと旅ができない、生きていけない。お金がないからやりたいことができないと、いつもお金に囚われている自分がいた。

果たしてほんとにそうなのか。現代社会では、何事をするにもお金がつきまとい、お金はあらゆる場面で必要で、空気のように当たり前に存在している。僕らの生活に溶け込み、あらゆるものをお金という数値に変えた。お金とはいったい何なのか。僕は知りたかったし、よく分からなかった。

自分のお金は、過去には誰かのもので、将来はまた誰か別の人のものとなる。家も、土地も、その所有者を変える。人は死んで火葬すれば灰になり、土に帰る。それが自然なのだ。それなのに、永久的に滅びないお金はどこかおかしく、自然に反してる。

僕は人が死んでも残り、受け継がれるべきものは思想と志だと思う。それ以外の所有物という概念は、死とともに人間から離れるものだと思うのだ。だって死んだら何も持っていけないし、お金も、不動産も、財産も、自分という存在ですら死んだらなくなるのだ。だから生きている間に、必死に所有しようとする必要はどこにもない。死が近づくに連れ、人はより手放すべきだ。死んだら失うものなど何もない。手放すことで、自由になる。本当に大切なものだけが手元に残る。

 

それから僕は、自分が当時所有してたものを整理した。パソコンや携帯等の電子機器は友達に引き取ってもらい、旅のためにとって置いたお金、銀行に預けてあったすべてのお金を引き出し、自分の好きな人、コトのためにすべてを使い果たした。最後に残った500円ほどのお金は、うまい棒を有り金で買えるだけ買って友達と食べた。

 

そして僕はすべてを手放し、ゼロになった。

 

何かを所有しているうちは、なくなったり、減ったりするごとに心配したり、嫌な気持ちになって困ったりするが、すべてを手放せるだけ手放したとき、人生で味わったことのないほどの爽快感だった。何もかも手放した僕は、何も持ってないが、誰よりも自由だ!と思えた。人生がはじまって以来、ずっと握りしめてきた両手を、解き放した感じだ。とても気持ちが良かった。人生は何を得るかより、どれだけ手放せるかだ。

  

こうしてゼロになった翌日の2013年3月5日。僕はついに京都を離れ、無一文で、何も持たずに一人丸腰で沖縄を目指す旅がはじまったのだ。

 

もしここまで読んでもらえたのなら、きっと僕がこれから体験する旅に興味を持ってもらえたのではないかと思う。

僕にとって、無一文の旅は、人生の中で忘れられない一年になった。

無一文で大変なことも多々あったけど、信じられないほどエキサイティングで、充実した一年になった。

だからこそ、この素晴らしい旅の記憶を、ここに書き留めることにした。


次の旅がはじまる前に、貴重な旅の体験を書いて、もういちど楽しもう。

 

僕の旅は、まだまだつづく…

 

 

しうんより